タロット説法 No.27
吊るし人 ― 聖なる犠牲か、ただの自己消耗か
吊るし人のカードには「犠牲」という意味があります。
彼は逆さに吊され、手も足も縛られ
自分ではどうすることもできません。
そこにあるのは
「我を捨ててこそ、悟る道がある」という教えです。
そもそもキリスト教における「犠牲」とは、
神に捧げる生け贄(いけにえ)のことでした。
大切なものを、より大きなもののために差し出すこと。
イエス・キリストは「最後のいけにえ」とされます。

その磔刑は、人類の罪を背負い
神との断絶を回復するための自己奉献でした。
いうなれば――
それは「健全な犠牲」。
恐れからでもなく
見返りを求めたからでもなく
強制でもない。
神への完全な信頼から生まれた行為でした。
吊るし人もまた
逆さに吊されたとき、苦しかったかもしれません。
けれど
神への信頼に身を委ねたとき
心は安らぎ、悟りへと招かれるのです。
一方で、吊るし人のカードが逆位置に出たとき。
それは「不健全な犠牲」を示します。
不健全な犠牲とは――
・何でもやってあげて、相手を弱くしてしまう犠牲
・見返りを期待する犠牲
・自分を壊してまでの自己否定という名の犠牲
・相手が望んでいない犠牲
・あなたの心の安心のための犠牲
「犠牲」は一見、美しいものに見えます。
けれどそれは
聖なる犠牲でしょうか。
それとも、ただの自己消耗でしょうか。
あなたがいま
差し出しているものは何ですか?

















