妙恭帖 第四十帖
「神さまは、なぜ人生に終わりをつくったの?」
小学4年生の時、
友人のYちゃんのお母さんが亡くなりました。
スーパーへ買い物に行き、そこで倒れ、
そのまま帰らぬ人となりました。
Yちゃんから電話がありました。
「あのね、お母さん、死んじゃったよ。ははは」
Yちゃんが「ははは」と笑ったので、
わたしもうっかり笑ってしまいました。
でもすぐに、
その笑いが、
あまりの悲しみと絶望の先に出てきたものなのだと気づきました。
Yちゃんは一人っ子でした。
小学4年生で突然お母さんを失う。
どれほどのショックだったでしょう。
人は、必ず死にます。
けれど普段の私たちは、
明日もある。
来月もある。
来年もある。
そんなふうに、人生は当たり前に続いていくつもりで生きています。
だから、
「いつかやろう」
「そのうち会おう」
「もう少し落ち着いたら」
「今度、ありがとうって言おう」
大切なことを、つい後回しにしてしまいます。
でも、
死を意識することは、
決して暗いことではありません。
終わりがあるからこそ、
今日という一日は、二度と戻らない。
今日のタロットは
「死神」
死神は怖いカードに見えます。
けれど、死神が教えているのは
単なる恐怖ではありません。
限りがあるからこそ、今が尊い。
そんなことを教えてくれるカードでもあります。
わたしは死神を
「死の予言」のためのカードではなく、
今日を生きるためのカード
として受け取りたいと思っています。
『タロットは神さまが、私たちの魂を自由にするために与えてくださったバイブルです』
死神もまた、
私たちを怖がらせるためにいるのではなく、
「あなたは、今日をちゃんと生きていますか?」
そう問いかけているのかもしれません。
その後、Yちゃんは
お母さんの代わりに、お父さんのご飯を作るようになりました。
当時は今のようにYouTubeやインターネットもありません。
近所の人に、
「肉じゃがって、どうやって作るの?」
と聞きながら、一つずつ覚えていったようです。
そして、Yちゃんがつぶやいた言葉を
今でも覚えています。
「もっとお母さんに、いろいろ料理を教わっておけばよかった」
私たちは、
大切な人が明日もいると思っている。
自分にも明日があると思っている。
でも、本当は誰にもわかりません。
だからこそ、
会いたい人には会う。
伝えたいことは伝える。
やりたいことは、できるだけ今日やる。
人生に終わりがあるのは、
もしかしたら神さまからの
「今日を生きなさい」
というメッセージなのかもしれません。





















