妙恭帖 第二十三帖
「神さまは、なぜ大切なものを取り上げるの?」
昔、地元に
有名なカメラを扱う電化製品の量販店がありました。
全国展開していた、大きなチェーン店です。
ところがある日、突然閉店しました。
噂によると、社員の方々がいつものように朝出勤すると、
店には張り紙があり、会社が倒産していたのだそうです。
わたしは、ただのお客の一人でした。
でも以前、母の還暦祝いに
赤いベルトの腕時計を買ったこともあったので、
そのニュースはとても衝撃的だったのを覚えています。
けれど、
そこで働いていた社員さんたちは、
どんな思いだったことでしょう。
積み上げてきた業績があったかもしれない。
情熱を注いでいた仕事があったかもしれない。
毎月のお給料を頼りに
生活していた人もいたでしょう。
住宅ローンを抱えていた人だって
いたかもしれません。
いつも通りの朝が始まると思って出勤したら、
昨日まであったものが、
突然なくなっていた。
私たちは何か大切なものを失ったとき、
「どうして神さまは、
こんな大切なものを私から取り上げたの?」
と思うことがあります。
そして、
「失ったものが戻ってこなければ、
私はもう幸せにはなれない」
と思ってしまうこともあります。
今日のタロットは、塔。
塔は、
それまでそこにあったものが
突然崩れていくカードです。
自分から壊したわけでもない。
壊したかったわけでもない。
それなのに、ある日突然、
人生の景色が
まるごと変わってしまう。
そんなとき、
安易に
「失ってよかったんですよ」
「きっと意味があったんですよ」
とは言いたくありません。
悲しいものは、悲しい。
取り戻したいものは、取り戻したい。
試練の真っただ中にいる人に、
すぐにその出来事の意味を
見つけさせなくてもいいのだと思います。
でも塔のカードには、
崩れていくものだけではなく、
崩れたあとに残るもの
もあります。
「神さまは、何を奪ったのだろう」
ではなく、
「それでも私に残されているものは、何だろう」
そう視点を変えてみる。
命が残っている。
誰かとの思い出が残っている。
そこで学んだことが残っている。
愛したという事実が残っている。
そして何より、
その出来事を抱えながら、
今日まで生きてきた自分が残っています。
タロットは神さまが、
私たちの魂を自由にするために
与えてくださったバイブルです。
塔は、
「失ったものを忘れなさい」
とは言っていないのだと思います。
むしろ、
「崩れた場所に立っているあなたにも、
まだ人生は残っています」
そう教えてくれているのではないでしょうか。
失ったものを抱えたままでもいい。
悲しみが消えなくてもいい。
それでも、
残されたものと一緒に、
人はまた歩き始めることができる。
もしかしたら神さまは、
奪ったものではなく、
それでもあなたの中に残っているものを、
もう一度見つけてほしいのかもしれません。






















