妙恭帖 第四十一帖 「死を考えるのは、縁起が悪いこと?」

自分のお葬式、もう決めていますか?

私は祭壇のお花まで、すでに決めています(笑)

妙恭帖 第四十一帖
「死を考えるのは、縁起が悪いこと?」

日本では死の話をすると、

「そんな縁起でもないこと、言わないで」

と言われることがあります。

だから私たちは、なるべく死を見ないようにします。

でも――

死を考えないようにしたからといって、死ななくなるわけではありません。

「いつか死ぬ」

これは、誰もが抗うことのできない定めです。

以前、スタッフたちと家族葬についての説明会に行ったことがあります。

話を聞くと、一万円を支払えば永久会員になり、いつでも相談できるとのこと。

それならばと、即入会しました。

そして、ついでと言ってはなんですが💦
私自身のお葬式プランも考えてもらったのです。

私も作った!という方がいたら、コメント欄で教えてください(笑)

式場はどこにする?

宗派は?

祭壇のお花は?

なんと、祭壇のイメージ写真までいただきまして。

もう、ばっちりなのです。

誰にでも、必ずその日はやってきます。

だったら死を遠ざけるのではなく、

「私はいつか死ぬ」

と知ったうえで、今日を見てみる。

すると、いつもの一日が少し違って見えてきます。

ご飯を食べられること。

誰かとくだらない話をして笑うこと。

仕事ができること。

朝、目が覚めたこと。

当たり前すぎて見えなかったものが、

「ああ、これも全部、生きているからできるんだ」

に変わります。

今日のタロットは「世界」。

世界は「完成」「完結」を表します。

始まったものには、終わりがある。

でも、終わりがあるからこそ、そこまでの時間が一つの「世界」になるのです。

永遠に続くから価値があるのではありません。

限りがあるからこそ、一日一日が大切になり、その積み重ねが人生をつくっていく。

私たちは、死ぬために今日を生きているのではありません。

今日を精いっぱい生きるために、
死という終わりを知っているのかもしれません。

魂を自由に!