妙恭帖 第十五帖
「『認めてもらいたい』という鎖」
私は中学3年生まで、ピアノを習っていました。
ある時、先生がお教室を閉じることになり、友達のKちゃんが通っていた先生のお教室へ、一緒に行くことになりました。
その日、Kちゃんと私が先生の前で演奏していると、一人の年配の女性がお部屋に入ってきて、静かに椅子へ座りました。
演奏が終わると、その女性は私のところへ来て、こう言いました。
「あなたが、ここのお弟子さんね。これからも頑張りなさい。」
「えっ?」
私は状況がよくわからないまま、「ありがとうございます」と答えました。
でも、本当のお弟子さんはKちゃんでした。
しかも、その女性はそのお教室の大先生だったのです。
私はその時、「間違えられちゃったな」くらいにしか思わず、その出来事もすっかり忘れていました。
ところが、10年以上たってからKちゃんが、ぽつりと話してくれました。
「あの時、本当に悔しかったんだよ。
私がお弟子だったのに、大先生は妙恭ちゃんを見て『お弟子さんね』って言ったでしょう。」
その言葉を聞いた時、私は初めてKちゃんの苦しさに気づきました。
Kちゃんは、お弟子として一生懸命頑張ってきた。
だからこそ、大先生に認めてもらえなかったように感じたことが、とても悲しかったのでしょう。
でも、その後Kちゃんは立派なピアノの先生となり、年齢を問わず、たくさんの生徒さんに慕われています。
あの時の悔しさも、きっと今の優しさにつながっているのだろうと思います。
人は、評価されると嬉しいものです。
「頑張ったね。」
「すごいね。」
そんな一言で、また頑張ろうと思えます。
でも、思っていた評価が得られないと、
「私の努力は足りなかったのかな。」
「私は価値がないのかな。」
そんなふうに、自分を責めてしまうことがあります。
もし、誰かに認められないことで、自分の価値まで失ったように感じるなら、
それは魂を縛る鎖になっているのかもしれません。
人の評価は変わります。
昨日褒めてくれた人が、
今日は何も言わないこともあります。
でも、
神さまのまなざしは変わりません。
私たちの価値は、
誰かの評価で決まるものではなく、
神さまから命をいただいている、そのこと自体にあるのです。
今日の一枚
「星」
「星」のカードは、
静かな夜空に、希望の光を灯しています。
星は、
「見てほしい」と願って輝いているのではありません。
ただ、
神さまから与えられた場所で、
自分らしく光っているだけです。
私はこのカードを見るたびに、
神さまが、こんなふうに語りかけてくださっているように感じます。
「誰かに認められるためではなく、
わたしが与えた光を、そのまま輝かせなさい。」
タロットは未来を当てるための道具ではありません。
タロットは神さまが、私たちの魂を自由にするために与えてくださったバイブルです。
「星」のカードは、
「もっと評価されなさい。」
ではなく、
「あなたは、すでに神さまの光を受けている存在です。」
そう教えてくれています。
今日一日だけ、
「認めてもらうため」に生きるのではなく、
「神さまからいただいた命を輝かせるため」に生きてみませんか。
きっと、
心が少し軽くなるはずです。




















