妙恭帖 第十三帖 「『失敗してはいけない』という鎖」

妙恭帖 第十三帖

「『失敗してはいけない』という鎖」

 

師匠に祈祷を習い、資格をいただいてしばらく経った頃のことです。

早くから祈祷師として活躍し始める仲間もいました。

一方で、なかなか一歩を踏み出せない仲間もいました。

私もどちらかと言えば、その一人でした。

ある時、このままではいけないと思い、

「機会を作って祈祷をしていきましょう」

と仲間に声をかけました。

すると、Mさんからこんな言葉が返ってきました。

「失敗したらどうするんですか?」

「祈祷がうまくいかなかったら……。
むしろ悪い結果になってしまうこともあるんじゃないですか?」

力が足りなかったら。

所作を間違えたら。

良かれと思ってした祈祷で、

思いもよらない事態を招いてしまうかもしれない。

そう思うと怖くてできない、と。

その気持ちはよくわかります。

でも、それを恐れていたら、

いつまで経っても祈祷師として歩き始めることはできません。

私はMさんに、

「力が足りなければ、祈祷の効果が出ないだけです。

思いがけない悪い結果を招くことはありませんよ。」

と伝えました。

神さまは、

私に失敗しない人生を望んでおられたのではありません。

失敗を通して、

謙虚さや優しさ、

感謝を学ぶ人生を望んでおられたのだと思います。

失敗は、

神さまに見放された証ではなく、

魂が成長するための授業だったのです。

そんなことを思い出すたび、

私の頭に浮かぶのが「愚者」のカードです。

愚者は、

崖の前に立ちながらも、

恐れることなく一歩を踏み出しています。

私はこのカードを見るたびに、

神さまがこう語りかけてくださっているように感じます。

「完璧になってから歩くのではありません。

歩きながら、あなたの魂は育っていくのです。」

愚者は、

恐れがない人ではありません。

恐れよりも、

神さまを信頼した人なのです。

タロットは、

未来を当てる道具ではありません。

タロットは神さまが、

私たちの魂を自由にするために与えてくださった教科書です。

愚者のカードは、

「失敗するな」ではなく、

「恐れよりも信頼を選びなさい」

と教えてくれます。

あなたが今、

挑戦できずにいることはありませんか。

あなたを止めているのは、

本当に失敗でしょうか。

それとも、

「失敗してはいけない」という、

あなた自身がかけた鎖なのでしょうか。